「概要」

目的・実施内容:

 大脳皮質とその関連する神経核では、中枢神経系の最も高度な情報処理を行っており、認知・感情・思考・記憶・意識など、科学的な立場からは未だに神秘的に見える機能を実現している。そうした機能が、神経回路のどのような働きによって実現されているか、大きな興味が持たれるところである。

 本申請の研究会は、日頃から大脳皮質のニューロンとそれらが織りなす神経回路についてボトムアップ的に研究している研究者と神経回路のモデルを研究している人々が集まり、各自の最近の研究結果を発表し討論することで、参加者の大脳皮質ならびに関連神経核に対する知識と理解を深めることを目的とする。加えて、本研究会における情報交換の中から、参加者それぞれが次の大脳皮質研究のアイディアを見出し、大脳皮質研究がさらに発展することを期待している。


開催の理由:

 金子・川口・深井・姜の4人は、神経科学学会で大脳皮質の神経回路に関わるシンポジウムを実行するなど、今までに多くの研究協力を行ってきた。その中で、大脳皮質における神経回路の真の理解には、解剖学や生理学をはじめとする複数にわたる学問領域の融合が欠かせないと考えるに至った。その実現には、大脳皮質のニューロンと神経回路をボトムアップ的に研究している複数の分野にわたる研究者が集まり情報交換を行うことが非常に有益であると思われる。

 申請者は、今までに「運動回路」、「局所回路」、「大脳皮質・視床・基底核の神経回路」あるいは「シナプス」等の生理学研究所研究会に参加した経験がある。いずれの研究会でも、その分野のスペシャリストが日本各地から集まって、あらかじめ依頼した講師による最新の知見を交えたいくつかの講演を題材として、一講演に対して1時間以上の時間をかけて密度の高い討議を行っていた。そのような充実した討議を学会で実現することは難しく、さまざまな議論を一線の研究者と集中して行うことは個人的な研究の面で大きく役立った。さらに、若手参加者からは知識の整理とともに最新の研究成果とそれに対する批判を耳にすることで大きな刺激になったと聞いている。

 そこで、今回は生理研教授の川口泰雄先生にお願いして、これまでと同様、参加者に有益な研究会を是非実行させていただきたく、ここに申請する次第である。

 このような研究会を設けることは、大脳皮質領域の研究者に対して刺激を与えるにとどまず、若手の人材発掘、さらには若手研究者のシステム的神経科学に対する再認識といった効果も期待できる。


これまでの成果・今後の目標:

 平成18年度研究会の最初の3題は、大脳皮質との関連をみながら基底核・線条体についての講演を、宮地重弘(京大・霊長研)、狩野方伸(阪大・医学系)、中原裕之(理研)の3方にお願いした。宮地氏は、狂犬病ウィルスを用いて、サルの皮質・基底核の神経連絡の研究を報告し、狩野氏は線条体ニューロンにおける線条体抑制ニューロンからの抑制生入力と、および大脳皮質からの興奮性入力についてカンナビノイド逆行性伝達について講述した。中原氏は、皮質から興奮性入力を受けて基底核から抑制生入力を受ける上丘で、非対称性神経連絡を仮定すれば上丘の眼球運動制御について理論的に説明できることを呈示した。後半の2題は大脳皮質での神経回路の議論を、山本純偉(筑波大・人間総合科学)、七五三木聡(阪大・健康体育)の2氏に語っていただいた。山本氏は皮質第5層錐体細胞への抑制生入力終末において、薬剤刺激によりニコチン受容体が短時間のうちに選択的に誘導され、抑制伝達を促進する現象を紹介し、その薬剤刺激のメカニズムについて議論がわいた。七五三木氏は視覚皮質の広視野情報処理の実体を「マスキング」現象を用いて解析していて、ヒトの心理物理実験とネコでの単一ニューロン記録実験を用いて、2種類の視覚情報処理修飾があり、外側膝状体ですでに生じているであろう速くて選択制の低い修飾と、高次視覚野あるいはV1野6層のニューロンが関係するであろう遅く選択制の強い修飾、の2つに分離されることを示した。

 講演での議論は活発で、初日および2日目とも予定時間をオーバーして講演・議論が続いた。とくに、七五三木氏の講演は2時間40分といういままで最長のものとなった。こうした「がちんこ」議論の場は、通常の学会等では行うことができないので、それを可能にする生理研研究会は貴重な存在である。来年度は熊本大の宋文杰先生にオーガナイザーをお願いし、今までとは多少異なる人選をしていただき、活発な研究会を開催する予定である。

開催後の報告:

 今回は、大脳皮質の話題提供を大澤五住先生(阪大生命機能)、柏谷英樹先生(東大医学系)にお願いし、それぞれ大脳皮質視覚野および嗅皮質の情報処理機構について解説していただいた。前者は初期視覚皮質での線型情報処理と高次皮質野での非線形生の強い情報処理の対比をし、そのメカニズムを理論的に解こうという「大脳皮質機能単位の神経機構」に迫る内容であった。後者の嗅皮質の話題は、左右の前嗅皮質が片側の鼻閉により速やかに反対側で代償性の情報処理が始まるメカニズムについての講演であり、新規な現象と前嗅皮質のもつ高い可変性に驚かされた。大脳皮質に直接関わる神経部位として、小村豊先生(産総研)には大脳皮質への入力部位である視床の内側膝状体で、多感覚性の収束的な神経機構が存在して、相互作用を示していることを報告していただき、藤山文乃先生(京大医学)には皮質の主要な出力部位のひとつである線条体がどの様な情報処理をしているかを、とくに線条体のパッチ・マトリックス構造に関係して呈示していただいた。久場博司先生(京大医学)は、大脳皮質とは直接には関係していないが、最近進展著しい分野のトピックとしてトリの脳幹部における音像定位の仕組みを呈示した。
 毎回、この研究会の顕著な特徴となっているのが、講演中での活発な議論であり、1時間の講演時間に対して概ね1時間半を超す講演と議論になっていた。とくに今年は若年層の研究者による質問・議論が盛んであり、この研究会では話しを遮って質問して良いのだという姿勢が浸透してきているようであった。こうした「がちんこ」議論は、通常の学会等では行うことができないので、それを可能にする当生理研研究会は貴重な存在である。


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