サッケードの出力回路

筑波大学 基礎医学系 生理  吉田 薫


  サッケードと前庭性眼振の急速相は、いずれも極めて速いステップ状の眼球運動である。サッケードは主として視覚入力により、急速相は前庭入力により起こるが、両者の出力信号を形成する神経回路には共通部分が多い。この共通回路はバースト・ジェネレーターと呼ばれ、その構成要素として最も重要なのは burst neuron(BN)と omni-pause neuron(OPN)である。サッケードあるいは急速相は運動ニューロンのバースト活動により起こるが、この活動はBNからの入力によって生ずる。BNは方向選択性を持ち、水平系のものは橋延髄網様体の傍正中部に存在する。一方、橋網様体正中部にはあらゆる方向のサッケードに一致して活動を休止するOPNが存在する。OPNはBNに投射する抑制性ニューロンであることが知られ、その活動休止により抑制が解除されて初めてBNの発火が可能になると考えられている。しかしOPNからの脱抑制だけではBNの活動は説明できない。これは、OPNが方向選択性を持たないのに対し、BNは強い方向選択性を有することからも明らかである。BNの活動形成には、方向特異性を持ちバーストの強さを決定する興奮性入力が必要である。サッケードの場合、BNの興奮とOPNの活動休止を起こす入力の起源として最も重要と考えられるのは上丘であるが、その結合関係の詳細は明らかにされていない。急速相については、BNへの興奮性入力の少なくとも一部が burster-driving neuron(BDN)により伝えられることが知られている。しかしサッケードの発現にBDNがどう関与するかは明らかでない。われわれは、BN、OPN、BDNがそれぞれ上丘からどのような入力を受けるかを覚醒ネコを用いて調べた。

1.BNへの上丘入力
  BNは medium-lead burst neuron(MLBN)と long-lead burst neuron(LLBN)に大別される。運動ニューロンに投射する興奮性BN(EBN)と抑制性BN(IBN)はMLBNに属すると考えられている。これまで、上丘刺激に対しLLBNは単シナプス性に興奮するのに対し、MLBNは全く応答を示さないことが報告され(Raybourn and Keller 1977)、上丘からの信号はLLBNを介してMLBNに達するのであろうとされてきた。しかし、MLBNはOPNから強い持続的な抑制を受けており、上丘刺激の効果が覆い隠されることは十分考えられる。この可能性を検討するため、われわれはOPNの抑制が解除されるサッケード時に上丘を刺激し、MLBNの応答を調べた。その結果、EBN領域(n = 12)およびIBN領域(n =11)で記録したMLBNは例外無く上丘刺激に対してスパイク応答を示し、かつその大多数(8/12, 10/11)が単シナプス性の応答であった。また刺激効果は部位により異なり、上丘の尾側部からより強い興奮性入力を受けることが示唆された。

2.OPNへの上丘入力
  これまで、OPNは上丘刺激に対して短潜時のスパイク応答を示すことが知られている。われわれは、細胞内記録により上丘刺激の効果を調べた。その結果、OPNは単シナプス性の興奮と2シナプス性の抑制を受けることが明らかにされた。また、OPNはサッケードに先行して過分極性の膜電位変化を示した。 Cl 注入により上丘刺激で誘発したIPSPを反転させると、サッケードに伴う膜電位変化も脱分極方向に反転した。これらの結果から、OPNの活動休止は主として抑制性入力によるものであり、この抑制が上丘からの2シナプス性経路によって生ずることが示唆された。

3.BDNへの上丘入力
  BDNについては、水平半規管から入力を受け、急速相でバーストを示すこと、BNに興奮性結合すること、標的となるBNと反対側の舌下神経前位核に存在することが急性実験で明らかにされている。われわれはまず覚醒ネコでBDNの発火様式を定量的に解析した。BDNはサッケードの際にもバースト活動を示し、サッケードの方向・振幅・速度との関係は、BNのそれと極めて良く似ていることが明らかにされた。この相似性は、BDNからの入力がBNの活動形成に重要な役割を果たすことを示唆する。
  BDNは同側上丘の刺激に対して2〜3シナプス性のスパイク応答を示した。応答は上丘の広い領域から誘発されたが、尾側部からより強い入力を受けることが示唆された。上丘刺激に対するBDNの応答は対側への頭部回転で促通され、同側への回転では明らかに減弱した。このことは、上丘からBDNを介してBNに至る経路の作用が、前庭入力により強い影響を受けることを示唆する。サッケード時にみられるBDNのバーストは、上丘からの信号により生ずると考えるのが自然であり、もしこの信号も前庭入力によって影響を受けるとすれば、BDNからBNへの興奮作用が変化し、結果としてサッケードの大きさも修飾される可能性が考えられる。この可能性を検討するため、上丘に一定のトレイン刺激を加えてサッケードを誘発し、その振幅が頭部回転により修飾されるかどうかを調べた。刺激側への回転では、誘発サッケードの水平振幅の減少あるいは抑制が起こり、対側への回転では振幅が増大した。正弦波状回転の各位相でサッケードを誘発すると、振幅はほぼ頭部角速度に比例して変化した。BDNの活動も頭部速度に比例することから、この効果はBDNを介する経路によって生じたと思われる。頭部回転と同じ方向へのサッケードを促通し、反対方向へのサッケードを抑制するこの経路は、眼振のパターン形成にも関与することが示唆される。


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