視覚性および記憶性運動制御における運動前野の役割
京都大学霊長類研究所 行動神経研究部門  三上章允・山根 到
鹿児島大学医学部 リハビリテーション医学講座  下堂園 恵

1.視覚性運動制御と運動前野

  大脳皮質運動前野 (以下運動前野) は、これまで、運動に必要な視覚情報を受容し運動情報に変換し、運動野、脊髄運動ニューロンへその情報を出力していると考えられてきた。しかし、視覚性運動制御の実行中に、運動前野が具体的に、どの様な視覚情報を受け取り、さらに運動の遂行にどのように貢献しているのかについては明確なデータはない。そこで、視覚注視課題を訓練したサルを用いて視覚性リーチング運動における運動前野の機能的な役割を検討した。

  まず、2頭のアカゲザルで、以下の学習課題を訓練した。サルがレバーを押すと、注視点(Fixation point: FP)が眼前のタッチスクリーン中央に呈示される。サルの眼球運動は毎秒 4 ms の高速カメラでモニターし、注視期間中に視角1度以上の注視位置のシフトがあると課題をリセットした。 1.2 秒間注視すると、リーチング運動の到達点となる手がかり刺激(Target stimulus: TS)が、3 秒から6 秒間(試行毎にランダムに選ばれる)に呈示される。TSは、スクリーン上、等間隔に配置された8ヶ所のうち1ヶ所がランダムに選択され呈示される。この期間サルは、レバーを保持し FP を注視し続けなければならない。この後、FP の明るさがわずかに変化しこれが運動の GO-signal となる。1.2秒以内に TS にタッチすると1回の課題が終了し報酬が与えられる。制限時間内に保持レバーを離さなかった場合、制限時間内にタッチしなかった場合、手がかり刺激と別の位置にタッチした場合はエラーとした。この課題を学習した後、課題遂行中のサルの対側運動前野からエルジロイ電極を用いて単一ニューロン活動を記録した。

  視覚応答と運動関連応答(レバー離し前に始まるニューロン活動)の両方を示す101個のニューロン活動を記録し、これらのニューロンを Visuomovement Neuron と称しその解析を行った。これらのニューロンの視覚応答潜時は、median 値で 100 ms、運動関連応答潜時は、median 値で GO-signal 呈示後 180 ms であった。視覚応答と運動関連応答の最適方向の差を絶対値で求め、その分布を調べると、36%のニューロンにおいて0、すなわち完全に最適方向は一致しており、73%のニューロンにおいて、その差は1以内であった。従って、Visuomovement Neuron の視覚応答と運動関連応答の最適方向はほぼ一致していた。以上のように、Visuomovement neuron は、記録側と反対側に広い Visual receptive field と Movement field を持ち、それらの最適方向は、ほぼ一致していた。

  今回の研究で明らかとなった運動前野の視覚応答の特性は、これまでに明らかにされている頭頂葉や前頭前野にある視覚連合野のニューロン特性と非常に似ていた。また、Visuomovement Neuron の視覚応答と運動関連応答の最適方向はほぼ一致していることから、運動前野は、視覚性リーチング運動に必要な視覚的位置情報を受け取り、その位置に運動を開始する機能を持つと考えられる。

2.記憶運動制御と運動前野

  短期記憶にもとづいた運動に運動前野がいかに関わるのか、これを明らかにするため、位置の短期記憶を必要とする課題をサルに行わせて、行動とニューロン活動の二つの側面から運動前野の役割を調べた。まずは、行動実験として私達は、delayed reaching task(DR task)をしている二頭のアカゲサルの運動領野に、muscimol を局所的に注入した。課題はサルが hold レバーを押すと始まり、1秒後、課題の開始を示す刺激がディスプレイ中央に現れる。さらに1秒後、運動の方向を示す手掛かり刺激がディスプレイの左、上または右の3つの位置から1ヶ所に、0.5秒間点灯して消え、遅延期間(記憶期間)となる。遅延期間は2秒と5秒で、その後、ディスプレイ中央の刺激の色が緑から赤に変わり、これが、go signal となってサルは先程の手掛かり刺激の位置を元にして制限時間 1.2 秒以内に、左、上、または右の標的レバーを押す。対照課題として短期記憶を必要としない visually guided reaching task(VR task)をトレーニングした。これは DR task と時間経過、行う運動が同じだが、手掛かり刺激が消えずに、遅延期間と反応時に点灯している。二頭のサルで合計、84カ所、右半球運動野(n = 20)と運動前野(n = 64)に一回の実験で 30 μg の muscimol を注入した。運動野では反応時間、運動時間が増加した(n = 10)。また、反応期にレバー押しをしない omission error が起きた(n = 2)。一方運動前野では、DR taskで、レバーを押し間違える positional error が起きた(n = 11)。このエラーは VR task では起きなかった。これらの結果から、運動野は短期記憶に関係なく、運動の実行に関与し、運動前野は短期記憶にもとづいた運動の実行に重要な役割を持つことがわかった。

  positional error は、反応時間や運動時間の増加を伴っていたが、VR task ではエラーは起きていない。これは、エラーが、短期記憶の保持の障害や運動そのものの障害よりむしろ、短期記憶をリーチング運動に変換する機能に異常をきたしたため起きたと考えられる。では、位置の記憶情報はいかにして運動の実行と結びつくのだうか。この問題を明らかにするため、運動前野背側部のニューロン活動を調べた。サルは、モンキーチェアに座り、ディスプレイの中央下方に設置された保持レバーを押し、画面中央の注視点に視線を固定することによって課題が始まる。まず、sample cue が 0.5 秒間提示され、第1遅延期間(1.5 秒)の後に、matching cue が 0.5 秒提示される。もし2つの刺激が同じ位置に提示されたらリーチングをする GO 条件、異なる位置ならばリーチングをしてはいけない NO-GO 条件とする。matching cue に続いて第2遅延期間(1 秒)をはさみ、サルは1秒以内に保持レバーから手を離す。 ただし、NO-GO 条件下では、手を保持レバーに 2 秒間保持しなければならない。第2遅延期間または反応期間に活動が変化した164個の運動前野のニューロンを調べた。そのうち、64個(GO: n = 49、NO-GO: n = 15)で第1遅延期間において、その活動が増加または減少した。さらに刺激の位置によって、ニューロン活動の大きさは変化した。これらの結果から運動前野背側部のニューロンは、位置の記憶過程と運動の選択過程の両方に関与することが示唆された。

  運動前野の背側部は遅延反応課題の実行に必要で、そこのニューロン活動は、記憶と運動に関与していた。一方、運動前野の背側部の一部は前頭前野の 46 野と結合しており、そこから位置の記憶情報を受け取っている可能性がある。位置の記憶情報を受け取った運動前野は、それにもとづいて運動を準備し、運動野へ運動指令を送っていると考えられる。


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